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先週あたりから
めっきり冷えるようになり、 こりゃワインより日本酒だよなと、 おでんを作ることにした。 いつものように 昆布を丸一日水に浸して 翌日、火にかけて出汁を仕上げ、 米の研ぎ汁で茹でた大根と 茹でた卵と牛すじをまず放り込む。 今回の牛すじは肉屋で買ってきた めっちゃ美味しそうなもので、 串に刺しながら思わず期待がふくらむ。 弱火で数時間火にかけ、 次の日に じゃがいもと厚揚げと練り物と竹輪を入れて またまた数時間弱火で煮込む。 息子が9月にロスへ行ってから 冷蔵庫の中にほとんど食べ物はなく、 ゆみとふたりで 久しぶりの料理の匂いやな、と言いつつ、 息子のことだから このおでんが食べ頃になるのを 見計らったように帰ってくるんと違うか、 などと冗談半分で話していたら。 本当に帰ってきた。 出汁を取っている段階の夜。 夜中に帰ってきたゆみが えらく慌てた様子で 息子の自転車がないと言う。 もしかして盗られたか、と 防犯登録の控えがどこにあるか 息子にメールで聞いて 警察に届けようという話になったのだが、 ふとテレビのほうに目をやると 定期的に充電を頼まれていた 息子の携帯電話が見当たらない。 え、もしかして?と 和室の襖戸を開けてみると そこには 開いたままのトランクと 荷物が部屋中に散らばっていた。 ふたりで思わず口を揃えて 「帰ってきとったんかい!」と 驚くやら大笑いするやら。 どうやらロスから帰って 荷物だけ置いて またどこやらへ遊びにいったらしい。 その後も しょっちゅう友達が来ては またどこかへ遊びに出ていく息子なのだが、 家にいて顔を合わせている時は、 ぽつぽつと、 ロスでの話をしたりしている。 今回のおでんは 上等の牛すじのおかげで いつもにも増して つゆに上品な甘みとコクが出ていて、 本当にいい出来なんであるが、 にしても おでんの完成に合わせたように 日本へ帰ってくるとは、 以心伝心というのか、 食い意地の遺伝子というべきか、 何はともあれ、 まるで映画のような突然帰還であった。
無性に何かを食べたくなる。
とつぜん それ以外のものは食べたくなくなる。 僕の場合、 そんな時はたいてい店もセットである。 つまり、単に「カレー」ではなく、 今日は「カシミールのカレー」 今日は「はり重のカレー」といった具合に。 ラーメンなんて特にそうで。 とつぜん食べたくなって ちょこちょこ足を運ぶ 豚骨ラーメンの店が近所にあり、 多い時など週に3度も食べたりしてたのだが、 今年の春に行ってみると シャッターが閉まっていて、 あれどうしたんだろうと思い、 再度また行ってみたら またもや閉まっていて、 ああ残念だけど店仕舞かと思ってたら じつは移転していたことが分かり、 ちょっとほっとして その移転先へ行ってみた。 すると看板は出ているのだが 店は営業しておらず、 中を覗き込むと店主が出てきて いきなり「あきまへんわ」と言う。 続いて 「ここ空気が薄いんですわ」と言う。 何のことか分からないのだが、 要するに環境が変わり、 前と同じスープができないと言うんである。 まあもともと頑固な店主で 以前の店に行っていた時でも スープの出来が満足できないと その日は店を閉めると言っていた。 ただ移転したのも同じ区内である。 モロッコに移転したならともかく、 空気が違うはずはないんであるが、 まあ頑固な店主の受け止め方は違うかもしれず、 そんな頑固な店主に向かって あんたの腕の問題と違うの?とは言えず、 ともあれ、きっぱりと、その店主は 「前と同じのは絶対に無理です」と言うんである。 で、ようやく、このあいだ、 その店で移転後初めて食べることができた。 ある程度は覚悟していたのだが、 以前の絶妙なスープとは まったく違うスープで、 煮干しが勝ち過ぎていて、 麺もまったく別で なぜこんな太麺に変えたのか解せず。 シャーシューもまったく別で すごく美味しかった餃子も メニューから消えていて。 カウンターに置かれていた 高菜と紅ショウガも消えていて。 おおいにがっかりしてしまった。 しばらくぶりに足を運んで 値段が少し上がっていたというのなら それはまあ許せるというか ほとんどノープロブレムなのだが、 味が落ちていたりしたら ほんとにすごく悲しくなってしまう。 まして まったく別物の味になっていたら、 もう何というか何も言えない。 大袈裟な言い方をすれば これで僕の大好きだったものが またひとつ この世から失せてしまったという感じである。 何を大層に、と言う人もいるだろうが、 それは絶対に絶対に 少なくとも僕には大問題なんである。
日曜日は
久々に映画を観ようと思い、 難波や梅田でやっている 映画をネットでチェックしたのだが、 いまひとつそそられる映画がなく、 どうしようかと思っていたら、 九条のシネ・ヌーヴォで オランダ映画祭なるものを やっていることが分かり、 自転車を九条まで走らせる。 シネ・ヌーヴォに来るのは 本当に本当に久しぶりで、 オープンした頃は 年に7、8回は足を運んでいた。 狭いロビーに 映画のチラシやフリーペーパーが 雑然と並べられ、 壁いっぱいに 若松孝二やら紅萬子やら 懐しい監督や俳優のサインが書かれている。 こういう整頓とは対極の 雑味あふれる空間が落ち着くのは、 やはり青春70年代育ちゆえであるか。 整理券をもらってから 上映時間まで商店街をぶらぶら歩き、 人気のない喫茶店でピラフを食べ、 スポーツ新聞を読みながら時間を潰す。 九条の商店街も久々なのだが、 美味しかった洋食屋も姿を消していて、 チェーンの食べ物屋に変わっていたりして、 ちょっと淋しい気持ちに駆られる。 で、この日観たのは 「ブラックブック」という映画と 「ドゥスカ」という映画。 続けて観ると2本目は1200円だというので、 こりゃ良心的だと2本観ることにしたんである。 オランダ映画というのは あまり観たことがないのだけれど、 どちらもすごくい映画だった。 とくに2本目の「ドゥスカ」。 ごくささやかなドラマだけで すごく起伏に富んだ心象風景を描き出していて、 映像や編集も素晴らしく、 何ともいえない余韻が楽しめる映画だった。 主演の男優の演技も良かったのだが、 ヒロイン役の シルヴィア・フックスがそれ以上に ものすごく魅力的で、 彼女の表情や仕草のすべてを 目を凝らして観てしまうほどだった。 映画の醍醐味のひとつは 間違いなく、 こういう魅力的な女優と出会えることである。 ラストシーンも印象的で、 オランダ映画、あなどれず、という感じなんであった。
先週の24日、FUTUROでの
堀江弦奏夜会VO.4が無事終了。 たくさんの人が来てくれて 本当に有り難いことである。 旧友のうたらじゅんやじろうも 灯屋をやっていたののさんも ロカの緑さんも来てくれて、 今回フライヤーを作ってくれた 涼子ちゃん&涼君夫妻も、 フリペ展で知りあった えいこちゃんも来てくれて、 それに名古屋からはるばる のぶちゃんとてるも来てくれて。 ちょっと同窓会みたいな 顔ぶれでもあったのだが、 念願の チャンキーさんとの共演を果たせ、 スーヴェニール・アパートメントも Kちゃんがインフルエンザで欠場だったけど、 ちょっと大人の音を聴かせてくれ、 そんなおかげで、 僕もいつも以上に リラックスして唄うことができた。 いつも思うことだけれど、 自分たちの音や歌が どう届いたのかは永遠に分からず、 自分が唄いながら、演奏しながら、 聴いてくれている人の表情や、 肩や腰の揺れを目にして、 その場の空気のようなものを 感じ取り、つかむことしかなく。 演奏が終わってから ゆみとキタトモ君は 全然あかんかったと言っていて、 そんなで 翌日の25日に 自宅で練習して録音。 それを聴きながら、 3人でまた反省点や課題を話し合った。 ライブが終わった翌日に また練習して録音するなんて、 何と真面目で前向きなバンドなんだと 我ながら思ったりするのだが、 自分たちが上手くないのを みんな自覚しているから、 いくらでも課題や反省点が見つかるわけで、 まあそんなふうにして 少しずつでも、いい音になっていけば、 そしてもっと いい歌をたくさん書いていければいいかな、と思う。 ともあれ。 堀江へ足を運んでくれた人たち、 そしていつも 和やかな空気を作ってくれる、 フュテュロの黒尾さんに感謝である。
朝から雨まじりの天気だったが、
雲が切れ始めた午後、 チャンキーさんがうちへやってきた。 来週のフュテュロでのライブの 練習をするためである。 一度だけ合わせたのが チャルカの10周年の日だから、 もう3週間くらい経っているのか。 楽天が勝利した試合やら、 加藤和彦の自殺したニュースやら、 音を消したテレビを前にして コードやテンポを確かめながら、 まあまあいい感じで演奏できて、 まあ何とかなるかと言いながら、 一緒にビールを飲みつつ、 とりとめもなく、 作品を作るときのわくわく感の欠如の話やら、 何かを作ることをいかに日常化させる話やら、 芸術というのは そもそも平和な需要の産物であるや否やという話やら。 4時間以上、いろんな話をした。 おそらく これだけ彼といろんな話をしたことはなく、 ライブで共演するということになったがために、 たまたまこういう機会が持てて、 それでたまたま、こういう話をすることができて。 もちろん。 話していて、 まったく違う部分と、 すごく似ている部分があり、 でも握手をするために誰かと話すのではない。 違うところを感じながら、 でもその差異の中に面白い発見があったり、 ものすごく遠いような話のなかに、 どこかが分かり合えると感じられたり。 そういうのが、やっぱり嬉しいことであって。 今日話したことがどうなるわけじゃない。 明日には忘れてしまうかもしれないし、 でもいつか急に思い出すかもしれない。 それは分からないし、どうだっていい。 ただ、なんだか ほとんどのことは、 こんなふうに、たまたまの、かりそめのことで。 思いがけず訪れる幸福な時間も、 思いがけず心がうきたつ高揚感も、 予期や準備のない、突発的な訪れのようなもので。 そういうことがあるから人生は楽しい。 さあて明日はちえちゃんの結婚式。 スーツも用意しなくちゃいけないし、 シャツとネクタイに ゆみにアイロンをかけてもらわないといけない。 そのおめでたい席で、 僕も2曲ばかり歌わせてもらう。 今日になっても歌詞を見直したり、 迷いつつ、悩みつつ、ふたりに捧げる歌を考えている。 やらなけりゃいけないことがあるんじゃない。 義務や仕事ではない。 誰かから声がかかり、 自分が何か、ささやかであろうと、 応えられる機会を与えられていて、たまたまその術を持っている。 いつも似たようなことを言っているが、 そのことを嬉しく、幸福に思うんである。
先月からずっと、ゆみが不調で。
生気がなく、 食べたものをすぐ吐いてしまう。 いったいどうしたことか。 考えられるのは 9月にうちへやってきた、 うつ病完治途上者のてるの マイナスオーラが取り憑いたせいか、 あるいはジンの飲み過ぎのせいか。 いずれにしても心配で、 いちど医者に診てもらったらと 言っていたのであるが。 それが今週くらいから とたんに回復の兆しを見せ始めている。 今週から試しにジンを断酒することに決め、 ワインと日本酒を代替酒として口にしてるのだが、 それがもしかして効を奏しているのかもしれず、 やはりジンが体質に合わなくなってきたのかと ゆみも自分で言うんであるが。 でもそれ以上に元気を与えてくれたことがふたつあり。 ひとつはダム凍結という きっぱりとした前原コメントである。 ゆみはずっと リバーポリシーネットワークという 河川環境を考える団体に関わっていて、 自らもいろんな識者とともにダム視察に行っている。 ダムによる海岸の侵食の話も 僕はゆみからだいぶ前から聞かされていて、 それとほぼ同じ意見を テレビのニュースで前原大臣が言っている。 本当に政治が変わると これだけ変わるんだ!とゆみは嬉しがっていて、 少なからぬ精神ポジ化作用を生んでいるようなのである。 それともうひとつ。 これもリバーポリシーネットワークと関わる話なのだが、 ゆみは今週から中型限定解除の教習に通っている。 これを解除すると11t未満のトラック、 および29人までを乗せたマイクロバスが運転できるようになる。 ダムや河川の視察などでは 28人乗りのマイクロバスで移動するらしいのだが、 運転できる人間がひとりしかおらず、 自分が運転できれば負担の偏りが解消できる。 そういう動機で免許を取ろうと決め、 最初は安くあげようと、 飛び込みの試験を受けたのだが、 何度か落ちるうちに、とても無理と分かり、 教習所に通って取ることにしたのである。 彼女が運転したいのはマイクロバスなのだが、 教習所で乗らされるのは5.5tのトラックで、 でもトラックを運転するのは めちゃめちゃ快感らしく、 教習所から戻ってきたときの顔は えらいいきいきと輝いていて。 とまあ、どんな仕組みの相乗作用か分からないのだが、 脱ダムとトラック、およびジン断酒の トリプル効果によって、ゆみの体調はすっかり回復。 僕もちょっとほっとしているんである。
長らく息子に会っていない。
日本にいないからである。 6月にアルバイトを辞めてから、 えらく長い長い夏休みを謳歌してたようで、 秋になったら そろそろ 新しいバイトを見つけるのかと思ってたら、 9月になって急に 「ロサンゼルスへ行ってくるわ」と言い出し、 国際免許に書き換え、 格安のチケットを手に入れて 9月11日の メモリアルデーに飛行機に乗って行った。 どうせ一週間くらいで 金がなくなって帰ってくるんじゃないか。 そう思っていたら 一週間後に ゆみに写メールが送られてきて、 「こっちで車を買いました!」と来た。 ということは しばらくは向こうでいるつもりなのか、 まあ まったくどうなるか分からないし、 本人が好きなように決めればいいことなのだが。 ただ、そういうのを見ていて 少し羨ましくなることがある。 僕が息子の年齢の頃は まだまだドルが強く、 外国に気安く行ける時代ではなかった。 いまなんか1ドル80円台で、 息子の買ったチケットも 往復6万円未満だと言ってた。 いまの若い日本人が 10日間バイトしたら買える金額である。 僕らの頃、 10日間バイトしたって、 東京往復の旅費を稼ぐのが関の山だった。 海外なんて本当に高嶺の花だったんである。 息子が将来どうなるのか、 どんな仕事をしたいのか それはどうでもいいし 僕だってずっと30歳近くまで ぶらぶら定職につかなかったから そういうことはまったく偉そうに言えない。 そんなことよりも、 20歳ちょっとで いろんな国へ行って、いろんな人間と会って、 いろんな価値観や考え方を知るほうが よほどタメになることだと思う。 仮にタメにならなくても ブロンド美人と出会って恋愛でもしたら、 たとえ手ひどく振られようが、 10年間社員で働くことの その100倍もいい経験になるだろうと思う。 ありえない話ではあるけれど、 もしも万一、そういうガールフレンドを 連れて帰ってきたならば、 そりゃもちろん大歓迎で いくらでも 美味しいパスタをふるまってあげつもりである。
今月の24日、
ほぼ1年ぶりに 「堀江弦奏夜会」をやることに。 今回のゲストは 前からずっと共演したかった チャンキー松本さん。 彼は言わずと知れた 超有名イラストレーターであり、 松村が朝日新聞に連載したときなど、 イラストを担当したのも彼だった。 歌も作って唄っていて、 いまでも3つか4つのユニットで ライブ活動をしているんではないか。 トウヤマタケオ氏や、 はじめにきよしのサキタ君や、 いろんな人達とも一緒に演ってきている。 まあ本当に天才アーティストとは チャンキーさんのような人間のことを言うのだと思う。 今回はチャンキーさんの奥さんの いぬんこさんもキーボードで参加するのだが、 このところまったく練習しておらず、 ちょっとおぼつかないということで 急遽、僕にギター伴奏の依頼が舞い込み、 それで先日一回だけ合わせてみたのだが、 歌詞だけ渡されて チャンキーさんがいきなり歌い始め、 それを聴きながら 僕がコードを拾っていくというところから始め、 そんなのではたして 当日までに間に合うのかどうか、 とてもとても不安であるのだが、 まあ何とかなるかという気持ちもあり、 何より。 チャンキーさんの作る歌はほんとに素晴らしく、 ぜひ多くの人に聴いてほしいと思うんである。 というわけで 10月24日、 北堀江のおなじみのフュテュロで。 皆さんお誘い合わせてご来店ください、なんである。 堀江弦奏夜会VOL.4 出演 チャンキー松本 スーヴェニール・アパートメント 足立大輔&キタトモ&ゆみ 2009年10月24日(土) 18時30分OPEN /19時START 1800円(with 1drink) FUTERO 大阪市西区北堀江1-5-8 TOMTOM2 1F 06-6532-5830
気がついたら
半月以上まったく更新できず、 旧友うらたじゅんの ミリバールでの個展のことや 19日に参加したパーティでのことや、 書こうと思ってたことはあるのだが、 つい書きそびれてしまった。 さて先週末の26日は チャルカの10周年パーティだった。 なぜか分からないが きんさんもいるというのに、 僕とゆみだけライブ演奏を頼まれて、 どうせなら チャルカへの思いを託した歌を 唄いたいと思い、何とか仕上がった。 同じ堀江の同じビルという 万にひとつの 奇跡的な縁でつながった店ということもあり、 チャルカとは、 オーナーふたりだけでなく、 そこでいままで働いてきた 数多くのスタッフ達とも いろんな交流があり、思い出がある。 いまではすっかり全国区の 有名店になってしまったチャルカだけど、 好きなことにどんどん熱くなる なおみさんとよしみさんの姿勢は ちっとも変わることがなく、 そんなローリングチャルカのことを パーティで僕なりに唄った。 ロカの緑さんや チャンキーさんや、 写真家の東さんや、 デザイナーの白石さんや、 知りあいもたくさん駆けつけて。 オソブランコの人達は 青森のリンゴを持参してくれて。 11時前にお開きになった後は チャルカのオーナーふたりと 東さん、白石さん、僕とゆみと、 向かいのポロンポロンに場所を移し、 閉店時間まで 絶品のサングリアを飲みながら チャルカのことや本の話で盛り上がる。 おいしいものをたっぷり食べて、 熱い話もたっぷりして、 ほんとにチャルカらしい、 堀江ムラに似つかわしい、 長く楽しい夜だった。
先週末はゆみと難波へ。
空模様がいまひとつだったので、 なんばパークスシネマで映画を観る。 「女の子ものがたり」。 「スペリオール」の巻末に連載されていて ふたりとも愛読している「人生画力対決」の 西原理恵子が原作だということもあり 観てみようと思ったのだけれど。 これがどうにもつまらない作品で。 なぜ大きなスクリーンで上映するのか 僕にはちっとも分からない。 テレビの2時間ドラマで充分じゃん、 みたいな映画で。 だいたい主演の深津絵里が好きじゃない。 好きじゃない女優の出ている映画を どうして観に行くんだと言われそうだが、 僕は前もって情報を集めたりしない。 そういうのが嫌いなんである。 ま、ええか、 どうせ50歳以上夫婦割引で ひとりたった1000円だし、と思って どんな映画か分からないまま行くのだが、 ちょっと今回のは後味が悪く。 そのまま酒を飲んで帰っても良かったのだが 口直しにもう一本観ようということになり、 敷島シネポップで 「南極料理人」を観ることにする。 予告編でちらっと観ただけだったんだが、 これが期待していた以上に面白く、 いろいろ細かな演出も上手いのだが、 へえぇ、と感心させられたのは、 堺雅人の作る料理が どれもすごく美味しそうなんである。 お握りを握るシーンなんて絶品で、 しかも面白いのは 料理を監修したのが あの大嫌いな「かもめ食堂」と 同じフードコーディネートだということで。 「かもめ食堂」では ちっとも美味しそうに見えず、 ちっとも料理を作っている リアリティがなかったのだが、 この映画はその対極で。 つまりこの映画って、ひょっとして、 「かもめ食堂」に喧嘩を売ってるのか、 などと邪推しながら、 監督によって(あるいは役者によって) こうも違うものかと思ってしまった。 本当に面白い映画だった。 映画を観終えた後、 僕はラーメンが食べたくてしかたなかったのだが、 (映画を観れば理由は分かる!) ゆみが気乗りしなさそうだったので、 近くの安い居酒屋へ入り、 「南極料理人」の話をしながら 刺身やら何やらをつまみ、 日本酒をちびちび(がぶがぶ?)と飲んだ。 何だかここんところ、 週末遊びの報告ばかりのようであるが、 この映画はちょっとおすすめなんである。
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